窓の外から猫の声 🐈🐈🐈

特撮だったり宝塚だったり。高岩成二様は神。だいきほコンビ命。あちこち話が飛びます。

誰しも第一の人

初っ端から申します。

「第二の天海祐希」も「第二の柚希礼音」も要らない。

「第二の〜」なんて失礼きわまりない言い方ではありませんか?

ちょっと似ている箇所がある、ちょっと状況が似ている…けれど人は皆「第一の誰か」なのですよ。

自分がそう言われる立場として想像してみてください。嬉しいですか? 私は全く嬉しくないです。むしろ腹が立ちます。自分を否定されたような気がします。

もちろんこれは私の場合の話なので、嬉しい!って人がいたからって反論はしません。

でも「第二の」って言われて大成した人っていないと思うんですよね。第二である限り永遠に第一の人には勝てない。もし勝てたとしたら、その人はその時点で「第一」になっているはずです。

ここでお名前を挙げるのは若干憚られますが、大和悠河さんや珠城りょうさん…第二の天海祐希にも柚希礼音にも、大地真央にもなれてはいない。

なる必要がないのです。しかし何故か劇団は、一部のファンは、「第二の〜」を求める。

私には理解出来ない。大和さんには大和さんの、珠城さんには珠城さんの魅力がある。それをそのまま受け入れたらいいのに…。

そのうち「第二の明日海りお」を標榜する誰かを「作る」のかしら?

不毛だなぁ〜。

以前、私は「明日海りおさんを見ていると安奈淳さんを思い出す」と書きましたが、あれは明日海さんを「第二の安奈淳」さんと思ってのことではないです。明日海さんはどこまでも「第一の明日海りお」なのです。

私の愛する望海さんも、朝香じゅんさんに似ている、杜けあきさんを彷彿とさせる、香寿たつきさんみもある、もっと言えば汀夏子さんっぽさも感じる。でもその誰でもなく、望海さんはただ一人の望海さん。

「第二の天海祐希」の夢は幻だと気付いて欲しい。永遠にそんな人は現れないのですから。

不二子🐈

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